ネットでの自分の場所について。

もうこんな話はとっくに他の誰かが既に語っていることだと思うのだけれど、ネットをしてたらいろいろとアカウントが増えてくるよねって話です。
自分でパッと思い付くだけでも、はてなGoogleTwitterlivedoormixiYahoo!TumblrFlickrYouTubeニコニコ動画Amazon楽天foursquareEvernote。こないだはFacebookLast.fmまで作ってしまった。ほとんど使いもしないのに勢いだけで作れるから作ってしまった。たぶんもっと他にもあると思う。
で、こういうのって、どこにどれだけあってそれぞれのIDは何でパスワードは何っていうのを自分以外の誰も知らないわけだから、僕がある日突然事故かなんかで死んでしまったらこのネット空間にこれらのアカウントは永遠にさまよい続けることになるわけだ。僕の奥さんはパソコンとかはまったく疎い人だからたぶん削除とかしないと思う。そしてこれらは誰にログインされることもなく、更新も二度とされなくなる。更新されない場所には誰もアクセスしない。そうやっていずれ誰からも忘れられていく。寂しいもんだなーとか思ったり。
でも一方で、そうでもないかもとか思ったりもする。
おととしの夏、ガンバサポの友達が亡くなって彼もmixiやブログをしていたんだけど、現在もそのアカウントが残ってる。彼の家族が残してくれてるものだ。今もそこにアクセスすれば彼の文章が読める。あの時の彼の声を聞くことができる。生の声を。
そういう形で1人1人の記憶の中だけで残るのではなく、ネット上とは言え「かたち」として残るというのはいいのかも。
なんか考えがまとまらずダラダラ書いたけれどもまとめる気もあんま起きないのでこのまま終わる。